湿気を吸う穴、吐き出す穴。その違い
【細孔の科学 第2回】2〜50nmの世界で起きている、水分子の不思議な動き。
湿気を吸う穴、吐き出す穴
前回、私たちはスポンジ、溶岩石、活性炭、珪藻土、漆喰など、さまざまな多孔質材料を紹介しました。
どれも小さな穴を持っていますが、その働きは同じではありません。
では、ここで新しい疑問が生まれます。
「同じように穴があるのに、なぜ湿気を吸うもの、放出するもの、なかなか水分を手放さないものがあるのでしょうか?」
実は、その違いを理解するためには、私たちの目には見えないナノメートルの世界をのぞいてみる必要があります。
そこでは、水分子と細孔の内壁との間で、興味深い現象が起こっているのです。
今回は「吸着」「毛細管凝縮」「脱着」という3つの現象を通して、塗り壁材の調湿性能を科学的に考えていきます。

1.水を吸うことと、湿気を吸うことは違う
最初に、一つ重要な違いを整理しましょう。
それは「吸水」と「吸湿」です。
例えば、スポンジを水の中に入れると、液体の水が内部の空間へ入り込みます。
一方、調湿建材が対象とするのは、主に空気中に存在する水蒸気です。
水蒸気は、目には見えない気体の水分子として空気中に存在しています。
この水分子が、材料内部の細孔表面に付着したり、細孔の内部に取り込まれたりする現象が、吸湿に関係しています。
つまり、スポンジが水を吸う仕組みと、塗り壁材が空気中の湿気を吸う仕組みは、必ずしも同じではないのです。
そして、湿気を吸う現象を理解するために欠かせないのが「吸着」という働きです。
2.吸着とは、水分子が表面にとどまること
物質の表面には、水分子を引き寄せる性質があります。
その強さは、材料の化学的な性質や表面構造などによって異なります。
水蒸気が細孔の内壁に付着することを「吸着」といいます。
例えば、親水性のシリカ表面では、水分子と表面の官能基との相互作用などによって水蒸気が吸着します。
そして、周囲の湿度が上がると、表面に吸着する水分子が増えていく場合があります。
ここで重要なのが、細孔の内部表面積です。
小さな穴が多数存在すると、外からは小さく見える材料であっても、内部には広い表面積が形成されることがあります。
この内部表面が、水分子を吸着する場所になるのです。
ただし、比表面積が大きければ必ず吸湿性能が高いというわけではありません。
表面の親水性、細孔径、細孔容積なども関係しています。
3.メソ細孔の中では「毛細管凝縮」が起こる
ここからが今回の中心テーマです。
第1回では、国際的な分類として、2〜50nmの細孔を「メソ細孔」と呼ぶことをご紹介しました。
この領域の細孔では、条件によって「毛細管凝縮」という現象が起こります。
通常、水蒸気が液体の水になると聞くと、空気が冷えて結露する様子を想像するかもしれません。
しかし、非常に小さな細孔の内部では、周囲の水蒸気が飽和していない条件でも、液体状の水が形成されることがあります。
これが毛細管凝縮です。
細孔の内壁に水分子が吸着し、湿度が上昇するにつれて水分子の集まり方が変化します。
そして、細孔径や表面の性質などに応じた湿度条件になると、細孔内部が液体状の水で満たされていく場合があります。
そのため、メソ細孔は、単に水分子を表面に付着させるだけの空間ではありません。
条件によっては、内部にまとまった量の水分を保持する空間にもなるのです。

4.湿気を吸う穴、吐き出す穴、なぜ穴の大きさによって吸湿する湿度が変わるのか?
ここで、もう一つ不思議な現象が登場します。
細孔が小さい場合と大きい場合では、毛細管凝縮が起こる湿度条件が異なることがあるのです。
この関係を考える際に使われる代表的な理論が「ケルビンの式」です。
非常に簡単に説明すると、水と水蒸気の境界面が曲がっている場合、その曲率によって蒸発・凝縮の平衡条件が変わるという考え方です。
親水性の細孔では、一般に小さい細孔ほど低い相対湿度で毛細管凝縮が起こりやすい傾向があります。
一方、大きな細孔では、より高い相対湿度が必要になる場合があります。
ただし、これは同じような表面性質や形状の細孔を比較したときの基本的な傾向です。
実際には、細孔の形状、表面の親水性、吸着水膜の厚さなども影響します。
特に2nm付近の非常に小さな細孔では、単純なケルビンの式だけでは説明しきれない現象もあります。
つまり、2〜50nmというメソ細孔の範囲に入っていても、すべてが同じ湿度で吸湿するわけではないのです。
5.吸う力が強ければ、調湿性能も高いのか?
ここで、多くの方が疑問に思うことがあります。
「水分をたくさん吸う材料ほど、優れた調湿材料なのでは?」
しかし、ここには大切なポイントがあります。
調湿とは、単に湿気を吸収することではありません。
周囲の湿度が変化したときに、水分を吸ったり放出したりすることで、湿度の変動を緩和する働きです。
例えば、ある材料が大量の水分を吸い込んだとしても、その後、室内の湿度が下がったときに水分を十分に放出できなければ、繰り返し使う調湿材料としての能力は限定される可能性があります。
反対に、水分を放出しやすくても、必要な湿度域で十分に吸湿できなければ、期待する調湿効果は得られません。
大切なのは、吸湿する能力と放湿する能力の両方を考えることです。
そのため、調湿建材の評価では、吸湿量だけでなく、放湿量や吸放湿の速度も重要になります。
6.水分を吸った穴は、どうやって吐き出すのか?
では、細孔に取り込まれた水分は、どのように外へ出ていくのでしょうか。
その鍵となるのが、周囲の湿度の変化です。
例えば、空気中の湿度が高くなると、材料表面や内部への水分の吸着が進みやすくなります。
そして、周囲の湿度が低下すると、今度は保持していた水分が外へ移動しやすくなります。
このように、吸着していた水分子が表面から離れることを「脱着」といいます。
毛細管凝縮によって保持された液体状の水についても、湿度条件の変化に伴って蒸発し、細孔から放出されることがあります。
ただし、吸湿と放湿は、必ずしも同じ湿度で、同じ速度で起こるわけではありません。
ここで登場するのが「ヒステリシス」という現象です。
7.吸うときと吐くときで、なぜ違いが生まれるのか?
ヒステリシスとは、簡単に言えば、同じ湿度であっても、それまでに湿度が上昇してきたのか、低下してきたのかによって、水分の保持量が異なることがある現象です。
例えば、湿度が上がっていく過程で、ある細孔が水分を取り込んだとします。
その後、湿度を下げても、同じ湿度に戻った瞬間に、必ず元の水分量へ戻るとは限りません。
これは細孔の形状や水の界面の状態、内部の連結構造などが関係しているためです。
実際、メソポーラスシリカを用いた研究では、水蒸気の吸着・脱着の過程で、明確なヒステリシスが観測されています。
ただし、ヒステリシスがあること自体が、直ちに性能の良し悪しを示すわけではありません。
重要なのは、目的とする湿度範囲で、どれだけの水分を、どの程度の速さで吸放湿できるかという点です。

8.小さな穴と大きな穴には、それぞれ役割がある
ここまでの話を整理してみましょう。
非常に小さな細孔では、水分子と細孔表面との相互作用が重要になります。
メソ細孔では、表面への吸着に加え、毛細管凝縮や蒸発による水分量の変化が重要になります。
一方、比較的大きな空隙は、水蒸気が材料内部へ移動するための経路として働く場合があります。
2005年に発表されたアロフェン系調湿建材の研究では、10nm未満の細孔が平衡吸湿量に影響し、大きな細孔が吸湿速度に影響することが報告されました。
これは、調湿性能を考えるうえで非常に興味深い結果です。
水分を保持する空間があること。
そして、その空間へ水蒸気が移動できること。
さらに、湿度が下がった際に水分を放出できること。
これらの働きが組み合わさることによって、材料としての吸放湿性能が生まれるのです。
もちろん、実際の性能は穴の大きさだけで決まるものではありません。
細孔の量、形状、連続性、内部表面の性質なども影響します。
9.吸湿性能と放湿性能は、どのように測定するのか?
では、ある塗り壁材に本当に調湿性能があるかどうかは、どのように確認するのでしょうか。
日本には、建築材料の吸放湿性能を評価するための試験規格があります。
それが「JIS A 1470-1」です。
この規格では、一定の温度条件のもとで湿度を変化させ、建築材料の質量がどのように変化するかを測定します。
基本となるのは、12時間の吸湿と12時間の放湿という、1日周期を想定した試験です。
例えば、湿度を高くしたときに材料の質量が増えれば、水分を吸湿したことがわかります。
その後、湿度を低くしたときに質量が減少すれば、水分が放湿されたことを確認できます。
このように、吸湿量だけでなく、放湿量や時間による変化を見ることで、調湿建材としての働きを評価できます。
また、吸湿量が多くても放湿が不十分な材料については、繰り返し試験を通じて性能を確認することも重要です。
10.メソポーラスシリカが注目される理由
ここまで理解すると、メソポーラスシリカが調湿材料の研究で注目されている理由が見えてきます。
メソポーラスシリカは、2〜50nmの細孔を特徴とする材料群です。
その細孔構造や表面の性質を調整することで、水蒸気を吸着する湿度域や吸放湿の特性を変えられる可能性があります。
例えば、メソポーラスシリカの研究では、細孔径によって水蒸気の吸着・脱着が変化することが実験的に確認されています。
ただし、2〜50nmの細孔があるだけで、必ず高い調湿性能を発揮するわけではありません。
材料の種類や製法によって細孔径分布は異なり、同じメソポーラスシリカでも水蒸気の吸放湿特性は変わります。
さらに、実際の塗り壁材では、原料を固めるための結合材や施工後の構造も影響します。
したがって、材料の細孔構造と完成した塗り壁材の性能は、それぞれ分けて評価する必要があります。
11.オアシスプラスハイパーNEOとメソ細孔
オアシスプラスハイパーNEOには、メソポーラスシリカが使用されています。
製品公表資料では、原料に2〜50nmの細孔がランダムに形成されていることが特徴として紹介されています。
ここで注目したいのは、単に細孔が多いということではありません。
それぞれの大きさの細孔が、どのような湿度条件で水蒸気を吸着し、放出するのかという点です。
そして、完成した塗り壁材として、どの程度の吸湿量・放湿量が得られるのか。
この違いを理解するためには、細孔径分布のデータと、実際の吸放湿試験の結果が重要になります。
科学的な仕組みを理解したうえで、実際の性能を数字と試験結果から確認する。
それが、機能性塗り壁材を正しく知るための大切な姿勢だと考えています。

まとめ|調湿とは、吸うことだけではない
今回、私たちはナノメートルの世界で起こる、水分子の動きを考えてきました。
細孔の表面に水分子が付着する「吸着」。
微細な空間に液体状の水が形成される「毛細管凝縮」。
そして、周囲の湿度が下がることで水分が外へ移動する「脱着・放湿」。
これらの働きは、細孔の大きさや形状、表面の性質などによって変化します。
そして、私たちの生活空間で大切なのは、湿気を一方的に吸い続けることではありません。
湿度が上がれば水分を取り込み、湿度が下がれば保持していた水分を放出する。
その働きが、室内の湿度変動を緩和することにつながるのです。
小さな穴の中で起きているのは、目に見えない水分子の出入り。
そこに、調湿建材を理解する科学があります。
次回予告|その小さな穴は、室内環境をどう変えるのか?
第3回では、細孔の科学を実際の住まいに結びつけて考えます。
塗り壁材が湿度の変化を緩和するとは、どういうことなのか。
吸湿性能と放湿性能をどのように評価すべきなのか。
そして、オアシスプラスハイパーNEOのメソ細孔が、どのような機能につながるのか。
研究文献と試験データをもとに、塗り壁材と室内空気環境の関係を探っていきます。
参考文献・資料
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日本産業規格 JIS A 1470-1:2014『建築材料の吸放湿性試験方法―第1部:湿度応答法』https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+A+1470-1%3A2014



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